第3回チェコ演奏会企画
ブルノを知るSNS・WEB連載
2026年9月14日、私たちフィルハーモニックアンサンブル管弦楽団が第3回チェコ演奏会を開催するブルノ。どんな街なのか? 歴史、文化、音楽、街並み、そして人々の魅力まで、少しずつご紹介していきます。
ぜひ一緒に、音楽都市ブルノを旅する気持ちでお楽しみください!

1.ブルノってどこ?
チェコと聞くと、多くの人がまず思い浮かべるのはプラハ かもしれません。けれど、その先にもう一つの魅力的な都市があります。それがブルノです。
ブルノはチェコ第2の都市であり、モラヴィア地方の中心として独自の文化を育んできました。首都の華やかさとは少し違い、ここには落ち着いた時間と、人々の日常が息づく本物の街の表情があります。石畳の広場では人々が語らい、歴史ある建物のすぐ隣には洗練されたカフェや学生たちの笑い声が広がります。
この街の魅力は、「古いものを大切にしながら、新しいものを生み出していく力」にあります。中世から続く歴史、大学都市としての知性、そして芸術を愛する空気。そのすべてが自然に混ざり合い、ブルノならではの空気をつくっています。
そして何より、ブルノには音楽があります。チェコの大作曲家ヤナーチェク が愛したこの街では、今も劇場やホールに音楽が響き、人々の暮らしの中に文化が生き続けています。近年のブルノは、歴史都市であると同時に、未来へ向かう都市としても注目されています。空港の路線網も拡大し、中欧の玄関口としての存在感を高めています。
日本からはヨーロッパ主要都市を経由して訪れるのが一般的で、ウィーン やフランクフルト から鉄道で向かう旅も人気です。都市のサイズがほどよく、周辺国へのアクセスも良いため、中欧を巡る拠点としても魅力があります。日本との時差はマイナス8時間(サマータイム時はマイナス7時間)です。ブルノは、地図の上では“第2の都市”。けれど訪れた人の心には、“特別な街”として残る場所です。

2.歴史ある街
ブルノの歴史は中世までさかのぼります。現在の街の基礎が築かれたのは11〜13世紀頃とされ、1243年には都市としての特権が与えられ、本格的な発展が始まりました。交易路の要衝に位置していたことから、人や物が集まり、モラヴィア地方の重要な都市へと成長していきます。
その後のブルノは、幾度もの戦乱や時代の変化を乗り越えてきました。17世紀の三十年戦争では包囲戦に耐え、街の名をヨーロッパに知らしめました。丘の上にそびえる シュピルベルク城は、そうした激動の歴史を静かに見守ってきた象徴です。
19世紀になると産業都市として大きく発展し、繊維業や機械工業が栄え、「モラヴィアのマンチェスター」とも呼ばれました。中世の面影を残す旧市街と、近代化によって築かれた街並みが共存しているのもブルノならではの魅力です。
現在、街を歩けば石畳の広場、歴史ある教会、重厚な建築物が各所に残り、過去と現在が自然に溶け合う風景に出会えます。観光地として飾られた歴史ではなく、人々の暮らしの中に生き続ける歴史―それがブルノの大きな魅力です。
ブルノは、何世紀もの時間を積み重ねながら、今もなお歩み続けている街です。

3.シュピルベルク城
ブルノの街を見下ろす丘の上に建つシュピルベルク城は、この街を象徴する存在です。遠くからでもその姿を見ることができ、ブルノの歴史を語るうえで欠かせない場所となっています。
この城は13世紀、ボヘミア王家のもとで築かれました。当初は王の居城として、またモラヴィア地方を守る重要な拠点として機能しました。その後、時代とともに大規模な要塞へと整備され、ブルノ防衛の中心的存在となっていきます。
特に知られているのが、1645年のスウェーデン軍による包囲戦です。三十年戦争の末期、ブルノの守備隊と市民は激しい攻撃に耐え、街を守り抜きました。この出来事は、現在もブルノの誇りとして語り継がれています。
この戦いにまつわる有名な逸話が「11時の鐘」です。伝説によれば、敵軍が正午までに陥落しなければ撤退すると決めていたため、ブルノ側は1時間早い11時に鐘を鳴らし、撤退を早めさせたとされています。現在も聖ペテロ・パウロ大聖堂では11時に鐘が鳴り、街の名物の一つとなっています。
18〜19世紀には、城は帝国の監獄としても知られるようになりました。とくに地下施設「カゼマット」は、城内でも印象的な見学スポットです。厚い石壁と静かな空間には、要塞と監獄の歴史が色濃く残されています。
現在のシュピルベルク城はブルノ市歴史博物館の拠点の一つとして公開され、展覧会や文化イベント、季節の催しなどが行われています。城の丘からは、旧市街の赤い屋根、聖ペテロ・パウロ大聖堂の塔、そして現代的な街並みまで一望できます。歴史の舞台であり、市民の記憶であり、今は文化を育む場所―シュピルベルク城は、ブルノの過去と現在を結ぶ特別な存在です。
ブルノを訪れたなら、まずこの丘の上から街を見渡したくなる。そんな場所がシュピルベルク城です。

4.聖ペテロ聖パウロ大聖堂
ブルノの街を歩き、ふと空を見上げたとき。ひときわ印象的にそびえる二つの尖塔が目に飛び込んできます。それは街のシンボル、「聖ペテロ聖パウロ大聖堂」。
丘の上に建つその姿は、中世から現在に至るまで、街のどこからでも道標のように人々を迎え入れてくれます。この場所の起源は11〜12世紀頃の教会にまでさかのぼります。時代とともに増改築が重ねられ、現在の特徴的なネオゴシック様式の双塔が完成したのは20世紀初頭のこと。今ではブルノのスカイラインを象徴する、欠かせない景色となりました。
大聖堂が建つ丘は「ペトロフ(Petrov)」と呼ばれ、市民にとっての憩いの場でもあります。ここから見渡す旧市街のパノラマはまさに格別。昼は、青空に映える赤い屋根のコントラスト。夕暮れは、街全体をやわらかな光が包み込むマジックアワー。夜はオレンジ色の街灯が灯る幻想的な夜景。
観光名所としてだけでなく、買い物中やカフェでのひととき、ふと聞こえてくる鐘の音は、ブルノの暮らしのリズムそのものです。
前回の連載でご紹介した、三十年戦争における「11時に鳴る正午の鐘」の伝説。スウェーデン軍を退けたあの機転の舞台こそが、まさにこの大聖堂です。今もなお11時に響き渡るその音色は、この街の誇り高き歴史を現代に伝える、生きた鼓動とも言えるでしょう。
一歩内部へ足を踏み入れれば、外観の華やかさとは一変、荘厳な祭壇と美しいステンドグラスに彩られた静謐な空間が広がります。長い歴史の中で、人々の信仰と街の象徴として大切に守られてきた、祈りの重みを感じることができます。
歴史ある丘の上から街を見守り、今も独特のリズムで鐘を響かせ続けるブルノの大聖堂。この街を訪れたなら、まずは空を見上げてください。そこに、ブルノの魂が立っています。

5.カフェ
ブルノの魅力のひとつが、街のあちこちに点在する個性豊かなカフェです。石畳の旧市街を歩けば、歴史ある建物の中や路地の一角に、思わず立ち寄りたくなるような空間が広がっています。
カフェは、単にコーヒーを飲む場所ではありません。人が集い、語り、考え、時間を過ごす―いわば“もうひとつの居場所”。ブルノでもその文化は自然に息づき、学生や地元の人々がそれぞれの時間を楽しんでいます。
ブルノはチェコ有数の大学都市。多くの学生が暮らすこの街には、首都 Prague と比べてやや落ち着いた空気が流れ、物価も比較的穏やかです。気取らず、長居できるカフェが多いのも、その魅力のひとつです。
たとえば、Café Momenta のように広場に面したカフェでは、街の風景を眺めながらゆったりとした時間を過ごすことができます。また、SKØG Urban Hub のような現代的で洗練された空間では、ブルノの若い感性や新しい文化の息吹を感じることができます。
カフェでぜひ味わいたいのが、中欧らしい一杯。たとえば、ホイップクリームをのせた「ヴェドニ・カフェ(Vídenská káva )」は、やわらかな口当たりと豊かな香りが特徴です。そして甘いもの好きには、蜂蜜の風味が層のように重なる伝統菓子「Medovník 」も外せません。コーヒーとともに過ごす時間を、より豊かなものにしてくれます。
旧市街の広場に面したカフェで街を眺める時間もあれば、モダンで洗練された空間で静かに過ごす時間もある。ブルノのカフェには、観光地と日常が自然に溶け合う心地よさがあります。
急がず、予定を詰めすぎず、ただ座って時間を味わう―そんな過ごし方が似合う街。
コーヒーの香りとともに流れるゆるやかな時間こそ、ブルノという街の魅力そのものです。

6.ヤナーチェクの街
チェコを代表する作曲家 Leoš Janáček(レオシュ・ヤナーチェク)。その創作の多くは、ブルノという街と深く結びついています。
ヤナーチェクは長年ブルノで暮らし、教育者として後進の指導にあたると同時に、この街の音や言葉、人々の暮らしから着想を得て作品を生み出しました。彼は日常の会話の抑揚やリズムを音楽に取り入れる独自のスタイルで知られ、チェコ語の響きそのものを音楽へと昇華させた作曲家でもあります。
代表作にはオペラ《イェヌーファ(Její pastorkyňa)》や《利口な女狐の物語(Příhody lišky Bystroušky)》などがあり、20世紀音楽の中でも独自の位置を占めています。これらの作品の背景には、ブルノでの生活やモラヴィア地方の文化が色濃く反映されています。
現在のブルノには、Janáček Theatre(ヤナーチェク劇場/Janáčkovo divadlo)があり、オペラやバレエの公演が行われています。また、国際音楽祭 Janáček Brno(ヤナーチェク・ブルノ)も開催され、世界中の音楽ファンがこの街を訪れます。
街を歩くと、ヤナーチェクの存在を身近に感じることができます。例えば、Statue of Leoš Janáček(ヤナーチェク像)は、彼の音楽と街との結びつきを象徴する場所のひとつ。また、歴史ある Church of St. Thomas(聖トマス教会/Kostel svatého Tomáše)周辺も、ブルノの文化的な空気を感じられるエリアとして知られています。さらに、ヤナーチェクが暮らした家は Janáček House(ヤナーチェクの家/Janáčkův dům)として公開されており、彼の創作の軌跡に触れることができます。
ブルノの街を歩くと、劇場の舞台だけでなく、何気ない日常の中にも音楽の気配を感じることがあります。それは、この街にヤナーチェクの精神が今も息づいているからかもしれません。ブルノは、ヤナーチェクが生き、聴き、そして音楽へと昇華した“音の街”なのです。

7.モラヴィア
ブルノは、チェコ東部に広がるモラヴィア地方の中心都市です。チェコは大きくボヘミア、モラヴィア、シレジアの3つの地域に分かれ、その中でモラヴィアは独自の歴史と文化を育んできました。
モラヴィアはかつて「Great Moravia」と呼ばれる国家の中心でもあり、中欧の歴史において重要な役割を果たしてきた地域です。その伝統は今も人々の暮らしの中に息づいています。
この地域の魅力のひとつが、豊かな民俗文化です。色鮮やかな民族衣装、伝統的な音楽や舞踊、そして季節ごとに行われる祭り。ブルノ周辺でも、そうしたモラヴィアらしい文化に触れる機会が多くあります。
また、モラヴィアはチェコ随一のワイン産地としても知られています。温暖な気候と肥沃な土地に恵まれ、白ワインを中心に高品質なワインが生産されています。ブルノの街でも、気軽にその味を楽しむことができます。
さらに、モラヴィアの人々は温かく親しみやすい気質で知られ、どこか素朴で穏やかな空気が流れているのも特徴です。首都プラハとはまた違った、ゆったりとした時間を感じることができます。
歴史、文化、自然、そして人々の暮らし―そのすべてが調和するモラヴィア地方。その中心にあるブルノは、チェコのもう一つの魅力を感じさせてくれる場所です。ブルノを訪れることは、モラヴィアという文化そのものに触れる旅でもあります。

8.メンデルの街
「エンドウ豆の実験」学校の理科の授業で一度は聞いたことのあるその研究は、実はブルノで行われました。
その人物こそ、遺伝学の基礎を築いた修道士Gregor Mendel(グレゴール・メンデル)です。
メンデルが研究を行っていたのは、
ブルノにある St. Thomas Abbey(聖トマス修道院)。この静かな場所で、彼はエンドウ豆の交配実験を繰り返し、「遺伝の法則」という画期的な理論を発見しました。当時はほとんど注目されなかったこの研究が、後に世界の科学を大きく変えることになります。
メンデルの発見は、現在の遺伝学・医学・農業など、あらゆる分野の基礎となっています。ブルノは音楽の街であると同時に、“科学の歴史が生まれた街”でもあるのです。
修道院の庭には、当時の研究を再現した展示もあり、メンデルが見ていた景色に思いを重ねることができます。静かな空間の中で、世界を変えた発見が生まれた場所に立つ、そんな特別な体験ができるスポットです。
音楽だけではない。ブルノは、人類の知の歴史を動かした街でもあります。

9.ワインの街
ブルノが位置する南モラヴィア地方は、チェコを代表するワインの名産地です。温暖な気候と豊かな土壌に恵まれたこの地域では、古くからブドウ栽培が行われ、現在も国内ワイン生産の中心を担っています。
なかでも特徴的なのは、フレッシュで香り高い白ワイン。Riesling や Grüner Veltliner、Pálava など、モラヴィアならではの品種が親しまれています。やわらかな酸味と繊細な香りは、料理ともよく合い、日常の中で気軽に楽しまれています。
ブルノの街中でも、そのワイン文化に触れることができます。カフェやレストランではグラスで気軽に注文でき、地元の人々がワインを片手に語らう光景は、ごく自然な日常の一コマです。
さらに少し足を延ばせば、ブドウ畑が広がるのどかな風景へ。収穫の季節には「ブルチャーク(発酵途中の若いワイン)」が出回り、この時期ならではの味覚として親しまれています。
モラヴィアのワイン文化は、観光のためだけのものではなく、人々の暮らしに根ざしたもの。特別な日に開けるだけでなく、日々の食卓や会話の中に自然に溶け込んでいます。
グラスを傾けながら過ごす穏やかな時間―それもまた、ブルノという街の魅力のひとつです。

10.地下都市ブルノ
歴史ある街・ブルノ。その魅力は地上だけではありません。石畳の街並みの“その下”には、何世紀にもわたる歴史が眠る地下世界が広がっています。ブルノ旧市街の地下には、中世以来の地下通路や貯蔵庫、防空壕、納骨堂などが複雑に残されており、「地下都市」とも呼ばれる独特の空間を形成しています。
とくに有名なのが、Labyrinth under the Vegetable Market(野菜市場の地下迷宮)。旧市街中心部の「Zelný trh(野菜市場)」の地下には、中世から使われてきた地下室や通路が広がっています。かつてはワイン、食料、ビールなどを保存するための空間として利用され、暑い夏でも一定の温度を保てる“天然の冷蔵庫”のような役割を果たしていました。薄暗い石造りの通路を歩くと、まるで中世のブルノへ迷い込んだような感覚になります。
さらにブルノには、Brno Ossuary(ブルノ納骨堂)があります。これはヨーロッパでも有数の規模を持つ納骨堂で、長い歴史の中で埋葬された人々の遺骨が静かに安置されています。内部は厳粛で静かな空気に包まれており、単なる観光名所ではなく、“歴史と祈りの場所”として大切に守られています。
そして、Špilberk Castle の地下施設「カゼマット(Kasematy)」も忘れることはできません。厚い石壁に囲まれた空間には、要塞都市ブルノの記憶が今も残されています。静かな地下空間には、地上とは異なる緊張感と歴史の重みがあります。
カフェや音楽、学生文化で知られるブルノ。けれどその地下には、中世から続く“もうひとつの街”が広がっています。地上のにぎわいとは対照的な静寂の中で、歴史の時間を体感できる―それが地下都市ブルノの魅力です。ブルノは、空を見上げても美しい。けれど、地下へ降りてもまた魅力的な街なのです。

11.市場と広場
ブルノの旧市街を歩いていると、この街が“人の集まる街”であることを自然に感じます。その中心にあるのが、歴史ある広場と市場です。石畳の広場にはカフェのテラス席が並び、人々が語らい、待ち合わせをし、季節ごとのイベントを楽しむ――。ブルノの広場は、単なる観光スポットではなく、市民の日常そのものが息づく場所です。
ブルノ最大の中心広場が、Náměstí Svobody(自由広場)。中世から街の中心として栄えてきたこの場所には、歴史的建築と現代的なショップやカフェが自然に共存しています。昼には学生や観光客でにぎわい、夜にはライトアップされた街並みが美しい表情を見せます。クリスマスマーケットや音楽イベントなども開催され、季節ごとに異なる雰囲気を楽しむことができます。
もうひとつ欠かせないのが、Zelný trh(野菜市場)。中世から続くこの市場では、現在も野菜や果物、花などが並び、地元の人々の日常の買い物の場として親しまれています。観光地でありながら、“生活の匂い”がちゃんと残っている―それがブルノの市場の魅力です。周囲には歴史的建築や劇場、地下迷宮への入口もあり、歩くだけでもこの街の歴史を感じることができます。
ブルノの広場では、一年を通してさまざまなイベントが開かれます。春から夏にかけては屋外コンサートやフェスティバル、冬には中欧らしいクリスマスマーケット。温かな飲み物を片手に、人々がゆっくり時間を過ごす光景は、この街ならではの風景です。音楽都市ブルノらしく、広場に音楽が流れることも珍しくありません。歴史ある空間の中に、自然に文化が溶け込んでいます。
ブルノの広場には、「通り過ぎる場所」ではなく、「立ち止まりたくなる空気」があります。ベンチに座る人、カフェで語り合う人、市場を歩く人。そこには観光地というより、“街そのものの暮らし”があります。ブルノの魅力は、建物だけではなく、人々が集い、時間を共有する広場の空気にあるのかもしれません。

12.ブルノのドラゴン伝説
ブルノの街には、“ドラゴン”がいます。―そう聞くと、おとぎ話のようですが、これは今も街に残る本物の伝説です。
ブルノ旧市街の Old Town Hall(旧市庁舎)へ足を踏み入れると、天井から吊るされた不思議な生き物が目に入ります。それが「ブルノのドラゴン(Brněnský drak)」です。
実はこのドラゴン、正体はワニ。けれど中世ヨーロッパの人々にとって、遠い異国から運ばれてきたワニは未知の生き物でした。そのため、人々はそれを“ドラゴン”だと考えたのです。現在も旧市庁舎に展示されており、ブルノを代表するユニークなシンボルとして親しまれています。
このドラゴンには、こんな伝説があります。昔、ブルノ近郊に恐ろしい怪物が現れ、人々を困らせていました。そこである賢い人物が、石灰を詰めた動物の皮を食べさせて退治した―という物語です。もちろん伝説には諸説ありますが、こうした“街の物語”が今も語り継がれているのも、ブルノの魅力のひとつです。
ドラゴンがいる Old Town Hall は、ブルノ最古級の歴史的建築でもあります。
特徴的なのが、入口上部の少し曲がった装飾。これはブルノの有名な逸話のひとつとして知られています。中庭を抜けると塔へ登ることもでき、旧市街の美しい景色を一望できます。
ブルノでは、歴史と伝説がとても自然に共存しています。中世から続く街並みの中に、ドラゴンの物語が今も残り、人々に親しまれている。そんな少し不思議な感覚が、この街にはあります。ブルノを歩くと、ただ歴史を見るだけではなく、“物語の中を歩いている”ような気持ちになるのです。

13.世界遺産・トゥーゲントハット邸
ブルノには、中世の街並みや歴史的建築だけでなく、20世紀建築を代表する“近代建築の傑作”も存在します。それが、Villa Tugendhat(トゥーゲントハット邸)。ユネスコ世界遺産にも登録されている、ブルノを代表する建築のひとつです。
この邸宅が建てられたのは1930年。設計を手がけたのは、近代建築の巨匠
Ludwig Mies van der Rohe(ルートヴィヒ・ミース・ファン・デル・ローエ)です。「Less is more(少ないことは豊かなこと)」という思想で知られる彼は、装飾を極力排し、空間そのものの美しさを追求しました。トゥーゲントハット邸は、その思想を象徴する作品として、世界の建築史に大きな影響を与えています。
この建築の特徴は、“開かれた空間”。大きなガラス窓から自然光が差し込み、室内と庭、そして街の景色が一体となるように設計されています。完成当時としては極めて先進的で、電動で上下する巨大ガラス窓や最新設備も導入されていました。シンプルでありながら圧倒的に美しい―。それがトゥーゲントハット邸の魅力です。
この家を建てたトゥーゲントハット一家はユダヤ系の実業家でした。しかし第二次世界大戦の時代の中で、家族はブルノを離れることになります。その後、この建物はさまざまな用途で使用されながらも保存され、現在では修復を経て一般公開されています。近代建築の名作であると同時に、20世紀ヨーロッパの歴史を静かに見つめてきた場所でもあります。
ブルノというと、中世の街並みや古城を思い浮かべる人も多いかもしれません。けれどこの街には、近代建築・デザイン・機能美といった“新しい時代の文化”も息づいています。歴史を守りながら、新しい価値も生み出してきた街―その象徴のひとつが、トゥーゲントハット邸なのです。
ブルノは、過去だけでなく“未来”もデザインしてきた街でした。

14.トラムの街
ブルノの街を歩いていると、赤と白のトラムが静かに走り抜けていきます。
歴史ある石畳の街並みの中を走るその姿は、ブルノの日常を象徴する風景のひとつです。ブルノでは、Brno public transport が市民の大切な移動手段として親しまれています。トラム、バス、トロリーバスが街中を細かく結び、車がなくても快適に生活できる“公共交通の街”として知られています。
とくに印象的なのがトラムです。中心部では、中世から続く旧市街のすぐそばをトラムが走り、歴史と現代の暮らしが自然に共存しています。観光客にとっては移動手段であると同時に、“ブルノらしい景色”そのもの。カフェの窓際から眺めるトラム、夕暮れの石畳を走る車両、雨上がりに光を反射する線路――そんな何気ない風景に、この街の魅力があります。
ブルノはチェコ有数の大学都市でもあり、多くの学生が日々トラムを利用しています。朝には通学する学生たち、昼には市場へ向かう人々、夜には劇場やカフェへ向かう人たち。トラムには、ブルノの暮らしそのものが流れています。また、深夜運行の路線も整備されており、音楽会やイベントのあとでも比較的移動しやすいのが特徴です。
歴史ある街並みが広がるブルノですが、交通システムはとても現代的です。
トラムの券売機では、Visa や Mastercard のタッチ決済に対応しているものも多く、現金がなくてもスムーズに利用できます。中世の街並みの中を最新型のトラムが走り、キャッシュレスで移動する―。そんな“歴史と現代が自然に共存する感覚”も、ブルノらしい魅力のひとつです。
ブルノのトラムは、派手な観光名所ではありません。けれど実際に乗ってみると、この街の空気がよくわかります。窓の外に流れる歴史的建築、静かな住宅街、広場に集う人々―。トラムに揺られているだけで、“暮らすように旅する感覚”を味わうことができます。
劇場、広場、大学、カフェ、そしてコンサートホール。ブルノの文化を支えているのは、人々の暮らしを静かにつなぐ公共交通でもあります。街の音楽や文化は、特別な場所だけではなく、こうした日常の移動の中にも息づいているのです。ブルノでは、トラムに乗ることそのものが、“街を感じる体験”になります。

15.マサリク大学
ブルノが「学生の街」と呼ばれる理由。その中心にある存在が、Masaryk University(マサリク大学/Masarykova univerzita)です。1919年、チェコスロヴァキア建国後まもなく設立されたこの大学は、現在ではチェコを代表する総合大学のひとつとして知られています。大学名は、チェコスロヴァキア初代大統領Tomáš Garrigue Masaryk(トマーシュ・ガリグ・マサリク)に由来しています。
ブルノには多くの大学や研究機関が集まり、人口に対する学生の割合が非常に高いことで知られています。そのため街には若いエネルギーがあり、カフェ、書店、劇場、音楽イベントなど、知的で文化的な空気が自然に広がっています。旧市街を歩いていると、ノートパソコンを開く学生、議論を交わす若者、多言語が飛び交うカフェ―そんな風景に出会います。“大学が街の一部”ではなく、“街そのものが大学都市”。それがブルノの大きな特徴です。
マサリク大学には、ヨーロッパ各国をはじめ、多くの留学生が学びに来ています。チェコの国立大学では、チェコ語課程であれば授業料が無料となる制度もあり、近年は「比較的学びやすいヨーロッパ留学先」としても注目されています。英語課程は有料ですが、西ヨーロッパ主要都市と比べると、ブルノは生活費が比較的抑えやすいことでも知られています。そのためブルノには、観光都市とは少し違う、“若い国際都市”の空気があります。
マサリク大学は、人文学から医学、自然科学まで幅広い分野を持つ総合大学です。とくに生命科学や情報科学などの研究でも知られ、ブルノは現在、中欧の研究都市としても注目されています。遺伝学の基礎を築いたGregor Mendel(グレゴール・メンデル)が研究を行った街であることもあり、ブルノには“知の伝統”が今も色濃く残っています。
ブルノは、歴史だけではなく、若い知性によって今も育ち続けている街なのです。

16.ルジャーンキ公園
ブルノ中心部のすぐ北側に広がるLužánky Park(ルジャーンキ公園)。18世紀後半に整備されたこの公園は、チェコ最古級の公共公園として知られ、現在も市民の憩いの場として親しまれています。観光名所というより、“ブルノの日常”を感じられる場所。だからこそ、この街の空気を最も自然に味わえるスポットのひとつです。
公園内には大きな木々が並び、季節ごとに異なる表情を見せます。春には若葉が広がり、夏には木陰で人々がくつろぎ、秋には黄金色の落ち葉が石畳を彩る―。派手さではなく、“静かな美しさ”があるのがLužánky Parkの魅力です。中欧の都市らしい整った並木道は、歩いているだけでもどこか映画のワンシーンのような雰囲気があります。
Lužánky Park 周辺にはカフェも多く、テイクアウトしたコーヒーを片手に公園で過ごす人々の姿も見られます。学生たちが芝生で語り合い、本を読み、犬を連れて散歩をする―。そこには、観光地化されすぎていないブルノならではの穏やかな空気があります。ブルノは「見る街」であると同時に、“過ごす街”でもあるのです。
この公園は、ただ景色を楽しむだけの場所ではありません。ジョギングコースやスポーツ施設もあり、市民が日常的に身体を動かす場所としても利用されています。近くには歴史あるサッカースタジアムFC Zbrojovka Brno の本拠地もあり、スポーツ文化とも深く結びついています。文化と芸術だけでなく、生活そのものが豊かな街―。Lužánky Park は、その象徴のような場所です。ブルノというと、ヤナーチェクや劇場、コンサートホールなど、“音楽都市”としての印象が強いかもしれません。けれどこの公園を歩いていると、街のもうひとつの顔が見えてきます。急ぎすぎず、自然と文化が近く、人々が自分の時間を大切にしている―。そんなブルノの穏やかなリズムが、この場所には流れています。
有名な観光地を巡るだけでは、その街の本当の空気はなかなか見えてきません。Lužánky Park には、ブルノに暮らす人々の自然な日常があります。だからこそ、この公園を歩くことは、“ブルノという街そのもの”を知ることなのかもしれません。歴史都市ブルノには、立ち止まって深呼吸したくなる緑の時間があります。

17.Brno Astronomical Clock
ブルノ中心部・自由広場(Náměstí Svobody)にある「Brno Astronomical Clock(ブルノ天文時計)」。
黒い弾丸のような独特な形から、初めて見た人が
「これ、本当に時計?」
と驚くことでも知られる、ブルノ屈指の有名スポットです。
この時計は、1645年にブルノがスウェーデン軍の包囲に耐えた歴史にちなんで作られたもの。
当時、スウェーデン軍は“正午までに陥落しなければ撤退する”とされていましたが、ブルノ側は一時間早い11時に鐘を鳴らし、敵軍を撤退させた―という逸話が残っています。
その歴史にちなみ、現在も毎日11時になると、時計からガラス玉が出てくる特別な仕掛けが行われています。
歴史的な街並みの中に突如現れる、前衛的なデザイン。
「伝統」と「現代」が共存するブルノらしさを感じられる場所です。
第3回チェコ演奏会の開催地・ブルノには、音楽だけでなく、こうした個性的な文化や街の魅力が数多くあります

18.モラヴィア・ギャラリー
チェコ第2の都市・ブルノを代表する芸術文化施設のひとつが、「Moravian Gallery in Brno(モラヴィア・ギャラリー)」です。
1961年に複数の美術コレクションや施設を統合して設立された、チェコ国内でも有数の国立美術館で、美術・デザイン・建築・写真・映像など、幅広い分野を扱っています。
特徴的なのは、“ひとつの建物だけではない”こと。
ブルノ旧市街を中心に複数の歴史的建築に分かれており、街歩きそのものが芸術巡りになるような空間となっています。
主な施設には、
Pražák Palace(プラジャーク宮)
Governor’s Palace(総督館)
Museum of Applied Arts(応用美術館)
などがあり、それぞれ異なるテーマの展示を楽しむことができます。
また、建築家ドゥシャン・ユルコヴィチの世界を紹介する「Jurkovič House」も知られており、ブルノが“建築とデザインの街”であることを感じさせます。
モラヴィア・ギャラリーは、美術館であるだけでなく、中央ヨーロッパにおけるデザイン文化の発信地としても重要な存在です。
特に「ブルノ国際グラフィックデザイン・ビエンナーレ」は国際的にも高い評価を受けており、ブルノの文化的アイデンティティを支えるイベントのひとつとなっています。
そして興味深いのが、第3回チェコ演奏会の会場「Besední dům」との関係です。Besední dům と Pražák Palace は隣接して建てられており、どちらも19世紀の著名建築家テオフィル・ハンセンによって設計されました。音楽ホールと美術館が並ぶこのエリアは、ブルノを象徴する文化地区となっています。歴史的な街並みの中に、現代アートやモダンデザインが自然に溶け込んでいます。

19.レドゥータ劇場
ブルノ旧市街にある「Reduta Theatre(レドゥータ劇場)」は、中央ヨーロッパでも最も古い劇場のひとつとして知られています。
その歴史は17世紀にまで遡り、現在の建物は18世紀以降に整備されたもの。
長い年月の中で、ブルノの音楽・演劇文化を支えてきました。この劇場が特に有名なのは、幼少期のWolfgang Amadeus Mozartが演奏したという逸話が残されていることです。
現在では劇場内に「モーツァルト・ホール」も設けられており、ブルノの音楽史を象徴する場所のひとつとなっています。Reduta Theatre は、豪華絢爛な大劇場というよりも、ヨーロッパの歴史都市らしい“街に溶け込む劇場”。
石畳の旧市街を歩くと、自然にその姿が現れます。
また、この劇場は現在もオペラ、演劇、コンサートなどが行われる現役の文化施設。歴史と現代の芸術活動が共存しているのも、ブルノらしい魅力です。第3回チェコ演奏会の開催地・ブルノには、Besední dům をはじめ、こうした長い音楽文化を持つ空間が数多く残されています。

20.Svíčková
チェコ料理を代表する伝統料理のひとつが、「Svíčková(スヴィーチュコヴァー)」です。やわらかく煮込まれた牛肉に、根菜の甘みと生クリームを使った濃厚なソース。
そして、チェコ料理には欠かせない「クネドリーキ(蒸しパンのような団子)」とともに味わう、まさに“中欧の家庭料理”とも言える一皿です。チェコでは非常に親しまれている料理で、祝祭や家族の集まりなど、特別な場面で食べられることも多い伝統料理。お店だけでなく、家庭ごとにレシピや味付けが異なるのも魅力です。
お店によって、
・根菜の甘みを強く感じるタイプ
・酸味を効かせたタイプ
・クリーミーで濃厚なタイプ
など個性があり、「家庭ごとに味が違う料理」とも言われています。
さらに伝統的には、
・レモン
・クランベリー
・生クリーム
を添えて提供されることも多く、甘み・酸味・コクが重なり合う、チェコらしい独特の味わいを楽しむことができます。ブルノでも非常に人気の高い定番料理で、歴史あるチェコ料理店では、それぞれの“店の味”を味わうことができます。
特に知られているのが、
・Stopkova Plzeňská Pivnice
伝統的なチェコ料理とビール文化を感じられる人気店。クラシックなチェコの雰囲気も魅力です。
・Hostinec U Semináru
落ち着いた空間で、本格的なチェコ家庭料理を味わえるレストラン。
・Pivnice U Čápa
地元でも親しまれているチェコ料理店。ブルノらしい温かい雰囲気があります。
そして近年は、“モダン・チェコ料理”も人気を集めています。その代表的なレストランのひとつが、Restaurant Pavillonで、歴史的な街並みの中にありながら、洗練されたモダン空間で、チェコ料理を現代的にアレンジしたメニューを楽しめる人気店です。伝統料理を大切にしながらも、美しい盛り付けや繊細な味わいで、“現代の中欧料理”を感じられるのもブルノの魅力。
また、ブルノが位置するモラヴィア地方は、チェコ有数のワイン産地としても知られています。レストランでは地元産ワインとともに料理を楽しめることも多く、食文化の豊かさを感じられます。音楽、美術、建築、そして食文化。第3回チェコ演奏会の開催地・ブルノには、多彩な芸術文化と中欧の暮らしが息づいています

21.モラヴィア博物館
ブルノ中心部にある「Moravian Museum(モラヴィア博物館)」は、1817年に設立されたチェコ国内でも最も歴史ある博物館のひとつです。モラヴィア地方の歴史・文化・自然・音楽を総合的に紹介する博物館であり、“ブルノという街の文化そのもの”を知ることができる場所となっています。
特に音楽ファンにとって重要なのが、チェコを代表する作曲家Leoš Janáčekに関する充実した展示です。
ヤナーチェクは長年ブルノを拠点に活動し、モラヴィア民俗音楽やチェコ語の話し言葉のリズムを作品へ取り入れたことで知られています。
館内では、自筆譜、 手紙や創作メモ、 愛用品、 音楽資料などが展示され、独自の創作世界を知ることができます。
中でも興味深いのが、“会話の抑揚”を音楽として記録したメモ。
ヤナーチェクは、人々の日常会話のリズムやイントネーションを観察し、それを作曲へ活かそうとしていました。
また、Moravian Museum の魅力は音楽だけではありません。 モラヴィア地方の民族文化、自然史展示、中欧の歴史資料、科学・研究展示など、多彩な展示を通して、モラヴィア文化圏の豊かな歴史を感じることができます。
歴史ある建築と静かな展示空間には、ブルノらしい落ち着いた文化的空気が流れており、街歩きの中でも印象的なスポットのひとつです。
第3回チェコ演奏会の開催地・ブルノには、音楽・歴史・芸術が息づく空間が数多く存在しています。

22.Erich Wolfgang Korngold と映画音楽
壮大なオーケストラサウンド。感情豊かな旋律。現代のハリウッド映画音楽の原点のひとつを築いた作曲家が、Erich Wolfgang Korngoldです。
コルンゴルトは1897年5月29日、当時オーストリア=ハンガリー帝国領だったブリュン(現在のチェコ共和国ブルノ)に生まれました。当時のブルノは、現在以上にウィーンとの結びつきが強く、中欧文化圏の重要都市として発展していた時代。ドイツ語文化、チェコ文化、ユダヤ文化などが交差し、音楽・建築・芸術が豊かに花開いていました。
コルンゴルトの父ユリウス・コルンゴルトは著名な音楽評論家であり、幼い頃から卓越した才能を示したエーリヒは、“モーツァルト以来の神童”とも呼ばれます。やがてウィーンで本格的に作曲を学び、10代のうちからオペラや管弦楽作品で高い評価を獲得。後期ロマン派の流れを受け継ぐ、豪華で色彩感あふれるオーケストレーションは、多くの音楽家を驚かせました。しかし1930年代、ヨーロッパ情勢の悪化とともにアメリカへ渡り、ハリウッド映画音楽の世界へ進出。ここでコルンゴルトは、映画音楽の歴史を大きく変えていきます。
代表作には、『海賊ブラッド』、『ロビンフッドの冒険』などがあり、アカデミー作曲賞も受賞。現在では当たり前となった、登場人物ごとの音楽テーマ(ライトモティーフ)、大編成オーケストラによるドラマ表現、シンフォニックで壮大なサウンドを映画音楽の世界で本格的に確立した先駆者のひとりとされています。
その影響は後の映画音楽にも非常に大きく、ジョン・ウィリアムズをはじめとする現代映画音楽にもつながっていると言われています。第3回チェコ演奏会の開催地・ブルノには、Besední dům をはじめ、中欧文化圏の歴史と芸術が今も色濃く残されています。
クラシック音楽、オペラ、映画音楽―。
その境界を越えて広がる“中欧の芸術文化”を感じられることも、ブルノという街の大きな魅力です。

23.お菓子文化
チェコを旅すると、街角のカフェや菓子店に並ぶ色とりどりの伝統菓子が目を引きます。実はチェコのお菓子文化は、オーストリア=ハンガリー帝国時代の中欧文化と深く結びついており、ウィーン菓子文化の影響も色濃く残っています。
代表的なお菓子には、
Větrník(ヴェトゥルニーク)
シュー生地を使ったキャラメル風味の伝統菓子
Věneček(ヴェネチェク)
リング状のシュー菓子
Koláč(コラーチ)
果物やケシの実、チーズなどをのせた焼き菓子
Perník(ペルニーク)
チェコ伝統のジンジャーブレッド
などがあります。
特に Koláč は、モラヴィア地方の家庭文化とも深く結びつく素朴なお菓子として知られています。 Redditでも「TrdelníkよりKoláčこそチェコらしい」という声が多く見られます。ブルノには、こうした中欧菓子文化を感じられる人気店も数多くあります。
例えば、
Momenta Cafe
Zelný trh(青空市場)近くの人気カフェ。現代的なブルノのカフェ文化を感じられるスポット。
SORRY – we bake differently
デザイン性の高いケーキや現代的スイーツで人気。若い世代にも支持されるブルノの人気店。
Les Fournils de France Brno
中欧とフランス菓子文化が交差するベーカリー。
Dezertína
洗練された現代スイーツで人気のパティスリー。
Sušenkárna Momenta
クッキー文化を楽しめる可愛らしいショップ。
また、ブルノには1937年創業の老舗カフェ・菓子店文化も残っています。
Zemanova kavárna a cukrárna は、戦前から続く機能主義建築の歴史的カフェとしても知られています。
クラシック音楽、カフェ文化、甘いお菓子―。
ブルノには、“中欧らしいゆったりした時間”が今も流れています。

24.Technical Museum in Brno
ブルノは、音楽や建築だけでなく、“科学と技術の街”としても発展してきた中欧都市です。19世紀から20世紀にかけて、ブルノはオーストリア=ハンガリー帝国を代表する工業都市のひとつとして成長しました。繊維産業、機械工業、技術研究が発展し、“モラヴィアのマンチェスター”と呼ばれた時代もあります。その歴史を今に伝えるのが、Technical Museum in Brnoです。
この博物館では、
蒸気機関車
自動車技術
航空機
通信技術
工業機械
中欧のものづくり文化
など、チェコおよび中欧工業史を幅広く紹介しています。
展示には、旧チェコスロヴァキア時代の技術資料や機械も多く含まれ、“東欧工業文化”の歴史を感じられるのも特徴です。また、ブルノでは1928年から大規模な見本市文化も発展しました。現在のBrno Exhibition Centreは、中欧を代表する展示会場のひとつとして知られています。この広大な複合施設には、機能主義建築の名作とされるパビリオン群も残されており、科学・産業・建築文化が融合した空間となっています。
さらに近年では、VIDA! Science Centerが人気を集めています。旧見本市パビリオンを活用した体験型科学館で、
物理実験
地球科学
宇宙展示
工学体験
などを、実際に触れながら学ぶことができます。
ブルノでは、音楽ホール、美術館、科学館、展示会場が街の中で自然につながっているのも特徴です。第3回チェコ演奏会の会場Besední důmもまた、こうした“芸術と技術が共存する都市文化”の中にあります。クラシック音楽だけではない、中欧の近代文化都市・ブルノ。街を歩くと、その多面的な魅力を感じることができます。

25.Milan Kundera
ブルノは、音楽家だけでなく、世界文学を代表する作家を生んだ街でもあります。そのひとりが、1929年にブルノで生まれたMilan Kunderaです。クンデラは20世紀を代表する作家のひとりとして知られ、その作品は世界各国で翻訳され、多くの読者に親しまれています。
代表作である、The Unbearable Lightness of Being(『存在の耐えられない軽さ』)は、1968年のチェコスロヴァキアを舞台に、愛、自由、記憶、そして歴史の中で生きる人間の姿を描いた傑作です。タイトルにもなっている「軽さ」と「重さ」は、この作品の重要なテーマです。
人生は一度しか生きることができない。
だからこそ人生は「軽い」のか。
それとも、愛や責任、故郷への思いが人生に「重さ」と意味を与えるのか。
クンデラは、登場人物たちの人生を通して、こうした普遍的な問いを読者に投げかけます。
実はクンデラと音楽との関わりも深く、父のLudvík Kunderaは著名な音楽学者・ピアニストでした。クンデラ自身も幼い頃から音楽教育を受けており、その影響は作品の構成にも見ることができます。
また、父ルドヴィークは、ブルノを代表する作曲家、Leoš Janáčekの流れをくむ音楽教育機関で重要な役職を務めるなど、ブルノの音楽文化とも深く結びついていました。
音楽、文学、思想―。
クンデラの作品からは、ブルノという街が育んできた豊かな知的・芸術的文化を感じることができます。
ヤナーチェク、コルンゴルト、そしてクンデラ。第3回チェコ演奏会で訪れるブルノは、多くの芸術家や文化人を生み出してきた、中欧を代表する文化都市のひとつです。

26.クリスマスマーケット
チェコの冬を彩る風物詩といえば、クリスマスマーケット。首都プラハのマーケットが有名ですが、実はブルノのクリスマスマーケットもチェコ国内屈指の人気を誇ります。11月下旬からクリスマスにかけて、ブルノ旧市街の広場は無数のイルミネーションに彩られ、街全体がまるでおとぎ話のような雰囲気に包まれます。
中心となるのは、
Freedom Square(自由広場)
Zelný trh(青果市場広場)
Dominican Square(ドミニコ広場)
など、旧市街の歴史ある広場です。
広場には木造の屋台が並び、
svařák(スヴァジャーク/ホットワイン)
medovina(メドヴィナ/蜂蜜酒)
プレッツェル
伝統的なクリスマスクッキー
チェコの焼き菓子
など、中欧ならではの味覚を楽しむことができます。
また、ブルノのクリスマスマーケットの魅力は「音楽」にもあります。
広場の特設ステージでは、
金管アンサンブル
弦楽アンサンブル
合唱団
クリスマスキャロル
などが演奏され、市民や観光客が足を止めて音楽を楽しみます。
クラシック音楽の国・チェコでは、クリスマスもまた“音楽の季節”。
街角から聞こえるブラスや合唱の響きは、モラヴィア地方の豊かな音楽文化を感じさせてくれます。
音楽、美しい街並み、温かな人々、そして冬の味覚。
クリスマスシーズンのブルノは、中欧文化の魅力が最も輝く季節のひとつです。第3回チェコ演奏会は9月開催ですが、演奏会をきっかけにブルノという街に興味を持った方は、ぜひ冬のブルノにも思いを馳せてみてください。

27.ヤナーチェク芸術アカデミー
チェコを代表する作曲家の名を冠した芸術大学が、ブルノ中心部にあるJanáček Academy of Performing Arts(JAMU:ヤナーチェク芸術アカデミー)。
1947年に設立されたチェコ有数の芸術大学で、音楽学部と演劇学部を擁しています。現在ではチェコ国内を代表する音楽・舞台芸術教育機関の一つとして、多くの演奏家、作曲家、指揮者、俳優、演出家を輩出しています。
しかし、そのルーツはさらに古く、ヤナーチェク自身が1881年に設立したオルガン学校や、その後のブルノ音楽院へとつながっています。ヤナーチェクは生涯を通じて「ブルノにも高等芸術教育機関を」という夢を抱き続け、その構想は彼の死後にJAMUとして実現しました。
JAMUは単なる大学ではありません。学生たちは日常的に演奏会やオペラ公演、演劇公演を行い、ブルノ市民の文化生活を支えています。また、国際的な「レオシュ・ヤナーチェク国際コンクール」も開催され、世界中から若い音楽家が集まります。
興味深いのは、ブルノが生んだ世界的作家、Milan Kunderaの父であり音楽学者・ピアニストでもあった、Ludvík Kunderaが、JAMU初期の運営に深く関わり、後に学長(学長職相当)を務めたことです。音楽と文学が交差するブルノらしいエピソードと言えるでしょう。
そして今回のPEO第3回チェコ演奏会・帰京公演で、指揮・ピアノ独奏を務める、薩摩研斗氏も、このJAMUで学んでいます。薩摩氏は、日本とチェコを結ぶさまざまな音楽活動にも参加し、ブルノを拠点に演奏活動を展開しています。今回のチェコ公演は、まさに薩摩氏が学び、音楽家として成長を続ける街で開催される特別な演奏会でもあります。
第3回チェコ演奏会の会場であるBesední důmからもほど近い場所にJAMUはあります。ヤナーチェクが夢見た音楽教育の精神は、100年以上経った今もブルノの街に息づいています。「音楽を学ぶ人が集まる街」それもまた、ブルノが“音楽都市”と呼ばれる理由のひとつなのです。

28.マヘン劇場
第3回チェコ演奏会の開催地・ブルノには、チェコを代表する歴史的劇場のひとつであるMahen Theatreがあります。
1882年に開場したこの劇場は、ネオ・ルネサンス様式の優雅な建築で知られ、現在もオペラ、バレエ、演劇の上演が行われるブルノ文化の中心的存在です。
実はこの劇場、世界の劇場史において特別な意味を持っています。
1882年11月、マヘン劇場は世界で初めてエジソン式白熱電球による全面電化照明を採用した劇場となりました💡
当時、多くの劇場ではガス灯が使われていましたが、火災の危険が大きな課題でした。マヘン劇場では約1,300個の電球を導入し、世界に先駆けて新しい舞台照明の時代を切り開いたのです。芸術と科学技術が結びついたブルノらしいエピソードと言えるでしょう。
また、この劇場はチェコを代表する作曲家Leoš Janáčekとも深い関わりがあります。ヤナーチェクはブルノを拠点に活動し、自身のオペラ作品の上演にもこの劇場が重要な役割を果たしました。現在も劇場前にはヤナーチェクの記念碑が置かれ、ブルノの音楽文化を象徴する場所となっています。劇場の名称は、20世紀チェコ文学を代表する作家Jiří Mahenにちなみ付けられました。
音楽、演劇、文学、そして最先端技術。マヘン劇場は、ブルノが単なる歴史都市ではなく、常に新しい文化を生み出してきた街であることを伝えてくれます。第3回チェコ演奏会の会場であるBesední důmからもほど近く、ブルノを訪れた際にはぜひ足を運びたい文化スポットのひとつです。

29.ブルノ動物園
歴史ある劇場や美術館、音楽ホールが並ぶ文化都市ブルノ。
そんなブルノには、市民に長く愛されている自然豊かな動物園もあります。
それが、Brno Zoo です。
1953年に開園したブルノ動物園は、ブルノ貯水池にほど近い丘陵地帯に位置し、広大な敷地の中で多くの動物たちが飼育されています。
特に人気なのが、
・ホッキョクグマ
・オオカミ
・ヨーロッパバイソン
・ワシ類などの猛禽類
といった、ヨーロッパや北方地域を代表する動物たちです。
チェコ国内でもホッキョクグマを飼育する数少ない動物園のひとつとして知られています。
また、ブルノ動物園の特徴は、できるだけ自然に近い環境で動物を展示していることです。
園内は丘の斜面を利用して整備されており、散策しながら動物たちを観察できます。市街地からそれほど遠くない場所にありながら、まるで森の中を歩いているような感覚を味わえるのも魅力です。
さらに園内からは、
・モラヴィアの森
・ブルノ貯水池
を望むことができ、チェコの自然の豊かさを感じることができます。
音楽都市として知られるブルノですが、市民の日常に目を向けると、このような自然や動物と触れ合える場所も大切にされています。
芸術、歴史、科学、そして自然。
さまざまな魅力が共存していることこそ、ブルノという街の面白さなのかもしれません。
第3回チェコ演奏会でブルノを訪れる機会があれば、歴史的なコンサートホールだけでなく、こうした市民に親しまれている場所にも足を延ばしてみたくなりますね。

30.ブルノ貯水池
ブルノと聞くと、音楽の街、歴史ある建築の街という印象を持つ方が多いかもしれません。しかし、ブルノ市民にとって欠かせない憩いの場のひとつが、Brno Reservoirです。
チェコ語では「Brněnská přehrada(ブルノ・ダム湖)」と呼ばれ、市街地の北西部に広がる美しい人造湖です。この貯水池は20世紀初頭に建設され、洪水対策や水資源の確保を目的として造られました。しかし現在では、ブルノを代表するレジャースポットとして市民や観光客に親しまれています。
湖畔には遊歩道やサイクリングロードが整備され、休日には散歩やジョギングを楽しむ人々で賑わいます。
また、湖では遊覧船が運航されており、水上からモラヴィアの豊かな自然を眺めることができます。特に人気なのが、湖の西端近くに建つ中世の古城Veveří Castleへの船旅です。森と湖に囲まれたこの城は、チェコ国内でも有数の規模を誇る古城で、多くの観光客が訪れます。さらに夏には湖畔で音楽イベントや花火大会が開催されることもあり、ブルノ市民の暮らしと文化に深く結びついています。
歴史的なコンサートホールや劇場だけでなく、自然の中で過ごす時間も大切にするブルノ。芸術と自然が調和するこの街の魅力は、こうした場所にも表れています。
ブルノを訪れる機会があれば、ぜひ街の中心部だけでなく、ブルノ貯水池にも足を延ばしてみてください湖面を渡る風や森の景色は、モラヴィアの豊かな自然を感じさせてくれることでしょう。

31.ヴェヴェジー城
ブルノ郊外の森と湖に囲まれた丘の上に、チェコ有数の規模を誇る古城があります。それが、Veveří Castleです。
13世紀頃に築かれたヴェヴェジー城は、ブルノの中心部から約15km。現在は市民や観光客に人気の観光スポットとなっています。
この城の最大の魅力は、その美しいロケーションです。
城はブルノ貯水池の西側を見下ろす高台に建ち、周囲には豊かな森が広がっています。湖上から眺める城の姿はまるで絵本の世界のようで、ブルノ近郊を代表する絶景として知られています。
中世には王家や貴族の居城として利用され、長い歴史の中で幾度も増改築が行われました。
そのため城内には、
・中世の要塞建築
・ゴシック様式
・ルネサンス様式
・バロック様式
など、さまざまな時代の建築様式を見ることができます。
また、この城にはチェコの歴史を語る上で欠かせない出来事も残されています。
1830年には、後にオーストリア皇帝となるFranz Joseph I
の両親がこの城で出会ったとも伝えられており、ハプスブルク家ゆかりの地としても知られています。
現在は一般公開されており、歴史展示の見学だけでなく、城壁からモラヴィアの森やブルノ貯水池を一望することができます。特に人気なのが、ブルノ貯水池から遊覧船で城を訪れるルートです。湖面を渡る風を感じながら中世の城へ向かう旅は、ブルノならではの体験と言えるでしょう。
音楽都市として知られるブルノですが、その魅力はコンサートホールや劇場だけではありません。
豊かな自然と長い歴史に育まれた文化の積み重ねこそが、今日のブルノを形作っています。

32.Brno Philharmonic
第3回チェコ演奏会の会場となる、Besední důmは、チェコを代表するオーケストラの一つであるBrno Philharmonicの本拠地として知られています。
ブルノ・フィルハーモニーの歴史は19世紀にまで遡り、その源流には若き日のヤナーチェクが設立に尽力したブルノの音楽活動があります。現在のオーケストラは1956年に創設され、チェコ国内のみならずヨーロッパ、アメリカ、アジアなど世界各地で演奏活動を行っています。
本拠地であるBesední důmは1873年に建設された歴史的ホールで、ヤナーチェク自身も指揮者やピアニストとしてこの場所で活動しました。今日でもブルノの音楽文化の中心として親しまれています。
そして今回の第3回チェコ演奏会では、ブルノ・フィルハーモニーで活躍されているヴァイオリン奏者、後藤博亮(Hiroaki Goto)さんにご協力いただく予定です。
後藤さんはブルノ・フィルハーモニー日本人奏者のお一人です。ブルノの音楽文化を支える現地オーケストラの奏者と、日本から訪れる私たちが同じ舞台に立てることは、大変貴重な機会です。
長い歴史を持つBesední důmとブルノ・フィルハーモニーが育んできた伝統、そして日本とチェコの音楽交流。第3回チェコ演奏会は、そうしたご縁の中で開催されます。

33.街の名前を冠したビール
チェコといえば、美しい街並みや豊かな音楽文化とともに、世界有数のビール大国としても知られています。そんなチェコ第2の都市ブルノには、街の名前を冠したビールがあります。それが、Starobrno(スタロブルノ) です。
「Starobrno」とはチェコ語で「旧ブルノ(Staré Brno)」を意味し、ブルノの人々にとって最も身近なビールブランドのひとつです。その歴史は19世紀にまで遡ります。1872年、ブルノ南部のスタレー・ブルノ地区に近代的な醸造所が設立されました。当時のブルノは繊維産業や機械工業によって急速に発展し、「モラヴィアのマンチェスター」と呼ばれる中欧有数の工業都市でした。人口の増加とともにビール需要も高まり、Starobrnoはブルノを代表する醸造所へと成長していきます。
現在でもブルノ市内のレストランやパブではStarobrnoが広く提供されており、多くの市民にとって日常の一杯として親しまれています。
興味深いのは、チェコにおけるビールが単なる飲み物ではないということです。パブやビアホールは、人々が集い、語り合い、文化や芸術について意見を交わす社交の場でもありました。
19世紀から20世紀初頭にかけて、ブルノでは音楽家や文学者、芸術家たちがカフェやビアホールに集まり、新しい芸術や文化について語り合いました。
ブルノゆかりの作曲家レオシュ・ヤナーチェクが活躍した時代も、こうした市民文化が街を支えていました。
コンサートホールで音楽を楽しむ人々。ビアホールで語り合う人々。そのどちらもが、今日のブルノという街の文化を育んできました。ブルノを歩くと、歴史的な劇場や美術館だけでなく、多くのパブやレストランで「Starobrno」の名前を見かけます。それは、この街の日常と歴史が詰まった、まさに「ブルノの味」と言える存在なのかもしれません。

34.メンデル大学附属植物園・樹木園
歴史ある劇場やコンサートホール、美術館が並ぶ文化都市ブルノ。
そんな街には、市民に長く親しまれている緑豊かな植物園があります。
それが、メンデル大学附属植物園・樹木園です。
この植物園は1938年に開園し、現在では約11ヘクタールの広大な敷地を有するブルノ有数の緑地となっています。もともとは林学や農学の教育・研究のために整備されましたが、現在では市民や観光客にも開放され、憩いの場として親しまれています。
園内には約13,000種類もの植物が栽培されており、チェコ国内でも有数の規模を誇ります。
特に有名なのが温室に収蔵されたラン(オーキッド)のコレクションです。ヨーロッパでも有数の規模とされ、多彩な色彩と形を持つランの花々を一年を通して楽しむことができます。
また、アヤメ(アイリス)のコレクションや高山植物の展示、樹木園エリアなども見どころのひとつです。
園内を歩くと、季節ごとに異なる花々や樹木が彩りを見せ、まるで自然の中の美術館を散策しているかのような気分を味わえます。
ブルノは「モラヴィアのマンチェスター」と呼ばれた工業都市として発展してきましたが、その一方で緑豊かな公園や庭園を大切に守り続けてきました。
歴史ある旧市街やコンサートホール、美術館、そして植物園が自然に共存していることも、この街の大きな魅力です。
私たちが第3回チェコ演奏会を開催する歴史的ホール「Besední dům」からもそれほど遠くなく、ブルノの文化と自然の両方を感じられる場所のひとつとなっています。
音楽や芸術を育んできた街には、人々が心を休める自然もあります。
芸術、歴史、科学、そして自然。
さまざまな魅力が共存していることこそ、ブルノという街の奥深さなのかもしれません。

35.ポケットの中のブルノ ― 10コルナ硬貨
ブルノの風景は、実はチェコの人々のポケットの中にも存在しています。
現在チェコ共和国で使われている10コルナ硬貨。
その裏面に描かれているのは、ブルノのシンボルである聖ペテロ・聖パウロ大聖堂です。
街を見下ろすペトロフの丘に建つこの大聖堂は、ブルノを代表する景観として親しまれています。
旅行者はブルノを訪れなければこの景色を見ることができませんが、チェコの人々は日々の買い物や通勤のなかで、この「ブルノの風景」を手にしています。
歴史ある建築や音楽ホールだけでなく、毎日使われるコインにも街の象徴が刻まれている。
それだけブルノがチェコを代表する都市のひとつであることが分かります。
第3回チェコ演奏会でブルノを訪れる際には、ぜひ財布の中の10コルナ硬貨にも注目してみてください。
そこには、私たちが演奏する街のシンボルが描かれています。

36.Ignis Brunensis
音楽都市、歴史都市として知られるブルノ。
実はこの街は、ヨーロッパ有数の国際花火フェスティバルの開催地としても知られています。
それが、イグニス・ブルネンシスです。
ラテン語で「ブルノの炎」を意味するこの祭典は、1998年に始まり、現在ではチェコを代表する国際イベントのひとつとなっています。
毎年初夏になると、世界各国の花火チームがブルノに集まり、技術と芸術性を競い合います。
主な会場となるのは、ブルノ市民の憩いの場であるブルノ貯水池。
広大な湖面を舞台に打ち上げられる花火は、水面に美しく反射し、幻想的な景色を生み出します。
また、ブルノのシンボルであるシュピルベルク城周辺でも関連イベントが行われ、歴史的な街並みと花火が織りなす光景は、多くの人々を魅了しています。
近年ではドローンショーや音楽とのコラボレーションも取り入れられ、伝統的な花火大会の枠を超えた総合エンターテインメントへと発展しています。
歴史ある城や大聖堂が見守る夜空に広がる光の芸術。
その姿は、音楽や建築、歴史が共存するブルノという街の魅力を象徴しているかのようです。
第3回チェコ演奏会で訪れるブルノ。
音楽、歴史、自然、そして光。
さまざまな文化が調和するブルノの魅力を、これからもご紹介していきます。

37.Kaiser Ferdinands-Nordbahn
今日のブルノを形づくった出来事のひとつが1839年にありました。
それが、Kaiser Ferdinands-Nordbahn(皇帝フェルディナント北方鉄道)の開通です。
この鉄道は、オーストリア帝国時代に建設されたヨーロッパ大陸初期の本格的な鉄道路線のひとつで、ウィーンとブルノを結びました。
当時の移動手段は主に馬車でした。人や物資の輸送には多くの時間と労力が必要でしたが、鉄道の登場によって状況は一変します。蒸気機関車が人々を運び、工場の製品を運び、そして新しい技術や文化を運びました。
ブルノはこの鉄道によって帝国の中心都市ウィーンと強く結ばれ、急速な発展を遂げます。繊維産業をはじめとする工業が成長し、やがてブルノはモラヴィアのマンチェスターと呼ばれるほどの工業都市となりました。
そして鉄道が運んだのは、産業だけではありません。音楽家や芸術家、学者たちもまた、この路線を利用してブルノを訪れました。19世紀後半、Besední důmが建設され、市民による音楽活動が盛んになった背景にも、鉄道によって広がった人と文化の交流がありました。
現在でもブルノ中央駅には多くの列車が発着し、ウィーンやプラハ、ブラチスラヴァなど中欧の主要都市と結ばれています。約190年前に開通した一本の鉄道。それは単なる交通手段ではなく、ブルノを近代都市へと導いた大きな原動力でした。

38.Masaryk Circuit
音楽都市ブルノ。ヤナーチェクが活躍し、ブルノ・フィルハーモニーが本拠地を置き、私たちが演奏会を開催するBesední důmが建つ街として知られています。しかしブルノには、世界中のモータースポーツファンが憧れる場所もあります。それが、Masaryk Circuit(マサリク・サーキット)です。
ブルノ郊外に位置するこのサーキットは、チェコを代表するモータースポーツの聖地として知られています。その歴史は1930年代にまでさかのぼり、当初は一般道路を利用した長大なコースでレースが行われていました。
現在の常設サーキットは1987年に完成し、その後はMotoGPや世界スーパーバイク選手権など、世界最高峰のレースが開催されてきました。高速コーナーと高低差に富んだレイアウトは世界中のライダーから高く評価され、「走ることが楽しいサーキット」として知られています。
サーキット名の「マサリク」は、チェコスロヴァキア初代大統領トマーシュ・ガリグ・マサリクに由来しています。つまり、この場所は単なるスポーツ施設ではなく、チェコの近代史とも結びついた存在なのです。
歴史あるコンサートホールで音楽が響く街。世界最高峰のライダーたちがエンジンを響かせる街。一見すると対照的な文化ですが、芸術とスポーツの両方を大切にしてきたこともブルノの魅力のひとつです。私たちが訪れるブルノは、音楽だけでは語り尽くせない多彩な顔を持っています。
ヤナーチェクの旋律が流れる街並みのすぐ近くには、世界中のモータースポーツファンを魅了してきたサーキットがある。そんな意外な一面もまた、ブルノという街の面白さなのかもしれません。

39.ブルノ天文台
ブルノ市内の丘の上に建つBrno Observatory and Planetarium(ブルノ天文台・プラネタリウム)は、チェコを代表する天文教育施設のひとつとして知られています。その歴史は1954年に始まりました。
以来、子どもから大人まで多くの人々が宇宙や科学に親しむ場として発展し、現在では最新のデジタル映像技術を活用したプラネタリウムも備えています。天文台が建つ丘からはブルノの街並みを見渡すことができ、昼は歴史ある街の景観を、夜は星空を楽しむことができます。
中世の城や教会が残る街でありながら、最先端の科学文化にも触れられる。
そんなところにもブルノらしさがあります。また、天文学と音楽には不思議な共通点があります。どちらも人間の想像力を広げ、目に見えない世界を表現しようとする営みです。
作曲家が音によって宇宙や自然の美しさを描こうとしたように、天文学者たちは望遠鏡を通して宇宙の謎に挑み続けてきました。芸術と科学。一見異なる世界に見えますが、どちらも「世界をもっと知りたい」という人間の知的好奇心から生まれた文化です。
私たちが第3回チェコ演奏会で訪れるブルノは、音楽や歴史だけでなく、こうした科学への探究心も育んできました。歴史的なコンサートホールで音楽に耳を傾ける。そして夜には星空を見上げる。そんな時間を楽しめることも、ブルノという街の魅力なのかもしれません。

40.HC Kometa Brno
ブルノには、コンサートホールに集まる観客にも負けないほどの熱気に包まれる場所があります。
それが、HC Kometa Brno(HCコメタ・ブルノ)です。
1953年に創設されたHC Kometa Brnoは、チェコを代表するアイスホッケークラブのひとつとして知られています。
チェコではアイスホッケーは国民的人気スポーツであり、世界選手権やオリンピックでは常に上位を争う強豪国として知られています。その中でもコメタ・ブルノは特別な存在です。クラブはチェコスロヴァキア時代から数多くのタイトルを獲得し、現在も国内トップリーグで活躍を続けています。
試合の日になるとホームアリーナには多くのファンが集まり、青と白のチームカラーに染まったスタンドから大きな声援が送られます。その熱狂ぶりは、まさにブルノ市民の誇りそのものです。
一方で、ブルノは音楽や芸術の街でもあります。歴史あるコンサートホールでオーケストラの響きに耳を傾ける人々と、アリーナでチームを応援する人々。その姿は異なって見えても、どちらにも共通しているのは、自分たちの街を愛し、文化を大切にする気持ちです。音楽とスポーツ。静寂の中で生まれる感動と、歓声の中で生まれる興奮。その両方が共存していることも、ブルノという街の魅力のひとつなのかもしれません。
私たちが第3回チェコ演奏会で訪れるブルノには、美しい音楽文化だけでなく、市民が心をひとつにして応援するスポーツ文化も息づいています。氷上に響く歓声もまた、この街を彩る大切な「ブルノの音」なのです。

